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春分の日 21.Mar.2019

太陽が春分点を通過する瞬間を含む日を「春分日」と言い、現在の祝日法ではそれがそのまま「春分の日」になることは、ありません。
しかし、地球から見ると太陽が移動しているように見えますが、実は地球のほうが太陽のまわりを回っているのだということは、皆さんよくご存じだと思います。
地球が太陽のまわりを回る(公転)のにかかる日数は365日ちょうどではなく、平均すると約365.24219日です。
これは時間に直すと365日と6時間足らずの端数があることを意味します。
言い換えれば、地球は太陽のまわりを365日と約6時間かけてちょうど1回転し、元の位置に戻ってくるということです。
春分点を通過してから次に春分点を通過するまでにかかる時間の平均が365.24219日です。

厳密に言うと、春分点は星空の中を移動していますので、星空に対して地球が太陽を1周する時間を考えると365.25636日となり、春分点から春分点までの時間とは違います。

しかし、季節と一致するように1年の長さを決めるときには春分点を基準にしますので、普通に「1年の長さ」と言ったときには、365.24219日のほうを指しています。
例えば、1996年の春分(の瞬間)は、3月20日の17時3分でした。
そして、翌年の1997年は、その約6時間後の3月20日の22時55分、1998年はさらにその6時間後の3月21日4時55分、1999年は3月21日10時46分と、春分は毎年約6時間ずつ遅くなっていきます。
そのために春分日の日付がずれることがあるのです。
しかし、どこまでもずれ続けるのではありません。

2000年はうるう年でしたので、1年の日数が平年より1日多く、366日ありました。

そのため、春分は約6時間遅れると同時に1日早い日付になり、1996年の春分の時刻に近い、3月20日の16時35分になりました。
厳密には、1公転に必要な時間の端数は6時間に少し足りませんので、うるう年が入っても、春分の時刻は、4年前と全く同じ時刻になるわけではありません。
このため、少し長期的に見ると、春分の時刻は少しずつ早まっていき、2024年からは、うるう年を含む3年間は3月20日が春分日で、残りの1年が3月21日という組合せになり、さらに2056年からは、毎年春分日が3月20日になると予想されています。
一方、秋分日は毎年変わらないものだと思っている方も多いかもしれませんが、春分日と同じ理由で、年によって変化します。

最近毎年秋分日が9月23日なのは、たまたまそういう時期だというだけのことです。

秋分日が毎年9月23日になるようになったのは、1980年からのことです。
それ以前は、4年に一度9月24日が秋分日という年があり、2012年からは、4年に一度9月22日が秋分日になると予想されています。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

試練 20.Mar.2019

人生はロマン。
自分は不幸だと悩むのではなく、試練を与えられた物語の主人公だと思えば、人生をエンジョイできる。
苦労の渦中にある人には、このことはわからないかもしれない。
しかし、もうすぐ苦労から抜け出そうな人には、良くわかるのではないだろうか。
もっと言えば、ロマンと思えるのは、もう少しで苦労を脱出できる状況にある人なのです。
目の前に現れた最悪の状況に対して人は、すぐにこれは、試練なんだと思えるものではない。
ちょっと経って、ひと呼吸を置いて、これは試練だと思える人もいれば、最悪の状況を少し脱して、後ろを振り返れる状況になって初めて、あれは試練だったんだと思える人もいるのです。
まあ、どちらにしても人生は、自分の願う状況にはなかなか巡り合えない。
心の中でいつ試練が来てもOKだと思いながら生きていくことです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

自分の天命 19.Mar.2019

一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件です。
一人ひとりに本当に天命はあるのか。

前もって与えられた天命などというものは、あるのか。

私は、前もって与えられた天命などと言うものは、ないと思う。
天命は、自分自身で掴み取るものです。
それも積極的でも消極的でもなく、気づいたら、掴んでいたというように、掴むものです。

だから、いつ天命を自分が自覚するかはわからない。

しかし、これが天命だと自覚したら、それを楽しみながら、天命に沿って生きることです。

それが、人間の一生です。

今やっていることに自分を賭けよう。
天命が何かわからなくてもよい。
わからないからこそ、面白いのです。
しかし、気が付いたらきっと自分の天命は、自分の傍にあるはずです。 ☆
(T.Koga)長崎市の三山不動産

素直に見る 18.Mar.2019

人生はむつかしく解釈するから分からなくなる。
私たちの仕事における成功のポイントは、素直に物事を受け入れ、素直に行動を起こすことです。
人生をむつかしく解釈するから、変な感情が湧くのです。
そして、現実と大きな乖離が生まれて、失敗してしまうのです。
人生は、複雑に動いているようで、それほど複雑でもない。
回路が多く存在するから複雑に見えるだけで、一つひとつは、いたって単純なのです。

その単純なことを素直に見てみれば、大概は、問題は解決され、前へと進んでいくものです。

素直にありのままを見る。
自分の感情をちょっと横に置いて、物事を見る。
そういう意識で、自分の目の前の問題を見ていこう。
そうすれば、自ずと問題は見えてきて、解決の糸口は見つかるはずです。 ☆
(T.Koga)長崎市の三山不動産

愛の体現者 17.Mar.2019

職業を通して、
天職を通して、
究極的に学ぶのは
男性も女性も
愛であります。
女性ならば、
なおさら愛であります。
愛の体現者として
女性はつくられたのです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

愛の本質 16.Mar.2019

愛の本質を学ぶ。

自分を愛せぬ者は、他者を愛することはできないのです。
だから、愛すること、愛されることを学びなさいというのも、そういうことです。 ☆
(T.Koga)長崎市の三山不動産

感謝 15.Mar.2019

生かされているのですから、素直に有り難いと思いましょう。
生きている値打があるから、生かされているのですから。
人間は、自分の意志だけでは生きてはいけない。
まず、自分の意志で生まれてきたわけではない。
そして、自分の意志で心臓を動かしているわけではない。
自分の意志で眠りにつくことも出来ない。
眠ろうと思って、横になっていると自然と眠りについてしまうだけです。
それと同じで、目を覚ますのも自分の意志ではない。
目覚めよ! と意志して、目覚めるわけではなく、自然と目が覚めるのです。
よくよく考えてみたら、自分の意志で生きていくこと以上に、勝手に生きていることの方が多いのです。
つまり、自然に生かされているのです。
だから、生かされている自分として、生かされていることに感謝をすることです。
自然界に無駄なことなど何もない。
誰もが生きていくに値するのです。
生かされている自分として謙虚に生きていこう。
心臓も自分のために毎日休まず鼓動を打ってくれている。
感謝。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

価値観 14.Mar.2019

人は人生の節目を迎えるたびに、自分のために新しい神話を作るか、それとも古い神話を受け継いでいくかを選択する。

神話とは、価値観の起源を伝える物語です。
人生の分かれ道で、新たな自分史を作っていくか、それとも今までの自分史を継承するか、そのどちらかが問われるものです。
「あの時、もし違う道を選択していたら、こうなってはいなかったな。」と振り返る時、私たちは、自分自身の神話を振り返るのです。
まさに、今この時の到達点から見た過去(プロセス)を。
そして、その過去に選択をした自分が全てであったことを知るのです。
私たちは、いつでも神話を作り直せる。
それは、自分自身の選択によって。
だからこそ、自分の神話を意識しよう。
自分の価値観を意識しよう。
神話は価値観の起源を伝える物語なのだから。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

他人の痛み 13.Mar.2019

どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。
他人の痛みというものがわからないから。
私たちに必要なことは、他人を理解するということです。
他人の気持ち、それも痛みを理解するということです。
他人に対する配慮がない人間は、どうしても他人と共にいられはしないからです。
他人に対する痛みを、理解できる人間でありたいものです。
それでは、どうすれば、他人の痛みが理解できるのか。
それは、自分自身が痛みを知ることです。
それも非常に痛い痛みを。
そして、その自分の痛みをしっかり受け止めて、このようなことにはならない! と覚悟を決めることです。
自分自身が痛みを理解し、その理解したことを他人に適用できるかどうかなのです。
私たちは、自分も含めた人間を理解しよう。
自分と同じ人間として理解しよう。
そして、そこから自分とは違うところがある人間を認めよう。
同じところと違うところがあるからこそ、人間は面白いのです。
他人の痛みに敏感になることです。
そこに人間理解がある。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

挑戦 12.Mar.2019

大胆に挑戦すれば、世界は必ず譲歩する。
チャレンジし続けよう、困難のほうが屈服するまで。
世界は、ある文法で生きている。
日本という世界なら、日本語という文法で、日本文化という文法で、アメリカならば、米語という文法で、アメリカ文化という文法で。
芸術分野の世界なら、その分野の文法で生きている。
慣れ親しんだ文法の中で私たちは、生きている。
そんな予定調和的な世界を私たちが、変えようとするならば、文法を大きく超えた大胆な行動や発想が必要です。
そして、その大胆な行動や発想を取り続けることです。
すぐには、認められない大胆な行動や発想もやり続けることで、誰かの目に留まり、賛同者が増え、そして、それを今までの世界が取り入れて、徐々に新しい文法になっていくのです。
反対者がいるからやらないというより、反対者がいるからこそ、やる! そういう発想が重要です。
予定調和的な世界に果敢に挑戦していこう。
きっと面白いことが待っている。
しかし、その前に苦しいことが待っているけれども。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産