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折角の試練 19.Apr.2021

人生は学校です。

そこでは幸福より不幸の方が良い教師です。

人生は、何を私たちに教えるために、色々な試練を与えるのだろうか。

そして、その試練をどう選択して、個人個人に与えるのだろうか。

この歳になって思うことは、人生は試練を与えるが、その試練で人を押しつぶすことはないということです。

押しつぶしはしないが、だからと言って、誰もが自分の与えられた試練を踏み台に出来るわけではない。

人生は、個人個人の限界を慮って試練を与えるだけです。

その後にその試練の意味を掴むのは、一人ひとりの責任です。

だから、残念ながら、誰もが試練を良い教訓には出来ないのです。

試練を教訓に出来る人は、幸いです。

試練を教訓に出来ない人は、もったいない。

折角の試練です。

その試練から自分の欠点を見つけて、直していこう。

そうなれば、試練は私たちの教育訓練になるのだから。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

時間差 18.Apr.2021

なかなか来なかったら、どうしよう。

コツコツとやっていても、大きな結果は今すぐ来ません。

時間差で来ます。

なかなか来なかったら、あとで爆発的にやって来ます。

一気にやって来ます。  ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

チャンス 17.Apr.2021

こんなときに、自分ができることは?「こんなときに、自分ができることって、何があるだろう」と考えることです。

「これは何のチャンスになるのか」活かそうと考えた瞬間から、変えていけます。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

選択肢 16.Apr.2021

やってみるという選択肢があります。

やってみないと、わからない。

ほとんどのことが、そう言えます。

わからないなら、やってみたらいい。

少なくとも、やってみるという選択肢はあるのです。  ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

愛する 15.Apr.2021

愛するとは、自分の幸せを相手の幸せに重ねることである。

私たちは、愛することが難しい時代に生きている。

それは、人間関係が複雑になり過ぎて、愛を定めることが中々出来ないからです。

例えば、私たちは、実際にまだ会ったことのない人に憧れを抱いてしまうこともあるし、自分が好んで情報収集をしていないのに、好きになった人の情報がどこからか耳に入ってしまう。

ある人の行動を自分が実際に見てもいないのに、他人から簡単に伝えられてしまう。

誰を信じてよいか、何を信じてよいか、全くわからない時代なのです。

だからこそ、愛することが、一番の難題になるのだが、愛における定義をしっかり理解しておくことが重要なことです。

相手を愛せるかということの吟味を「自分の幸せを相手の幸せと重ねられるか」という基準ですることです。

愛することは、自分勝手なことではない。

愛することは、他人と自分との相互作用です。

相手の幸せを自分の幸せに置き換えられる相手を愛することです。

そして、相手も同じように思っている人であるということです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

生きる 14.Apr.2021

あなたの人生に後悔するものが何も無いのであれば、人生はとても空虚なものになるだろう。

生きていれば、色々なことがある。

今がチャンスだ!と思って、走り出してはみたが、全く的外れだったこともあるだろうし、こんな失敗は、二度としたくない!と悔しい思いをしたこともあるだろう。

そして、やろうかやるまいかと思い悩んで、結局、しなかったこともあるし、そのしなかったことがどうにも気になって、後々まで後悔したこともあるだろう。

こんな想いに彩られた人生は、実は豊かな人生だったのではないか。

失敗も成功も、楽しいことも苦しいことも、満足感も後悔も、いっぱいある人生が、生きてきたということです。

実に豊かな人生ではないか。

人生は、生きることに価値がある。

それでは、生きることとは何か。

それは、自分の想いがいっぱい沸き起こるということです。

そのためには、自分が自分として行動し、発言し、その結果を受け止めることです。

人生は、生きるに値するものです。

だからこそ、皆、生きていくことです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

諦め 13.Apr.2021

たとえ小さな斧でも、数百度これを打てば堅い樫の木も切り倒せる。

私たちは、諦めが早すぎる。

1回や2回チャレンジして、それで効果が出なければ、いとも簡単に諦めてしまう。

やったことの吟味をすることなく、その方法自体が間違いだったかのように、その方法を捨ててしまう。

その方法が、本当に間違いだったのか、それともその方法のやり方に問題があったのか、吟味することなく、止めてしまうのです。

しかし、それでは何をやってもモノになることはない。

方法が仮説的に正しいのだとすれば、やり方の問題です。

やり方を変えて、とことんやってやってやり通してみることです。

小さな努力を徹底して行う時、それは大きな努力になっていくのです。

1回や2回ではなく、数百回のチャレンジを行うことです。

木を切るのに斧が正しい方法ならば、木を切り落とすまでやり続けることです。

1回や2回、大木に斧を入れてもその大木は倒れることはないのだから。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産