道をひらくためには、まず歩まねばならない。
心を定め、懸命に歩まねばならない。
それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
私たちは、いつまでも親が定めた道を歩み続けることは出来ない。
親の敷いたレールを子ども時代に素直に歩み出しても、いつかは、そのレールからは外れてしまうものです。
そして、自分自身で迷いに迷って、自分に合ったレールを見つけるか、自分でレールを敷くか、巡り巡って、親の敷いたレールを自分のものだと思い直して歩み出すか、するのです。
自分の道を歩むためには、私たちは、どうしても、親との和解と自分で生きるのだという覚悟が必要です。
そうしなければ、親のレールを引きずって、自分のレールを素直に歩めないからです。
親への反発も親への劣等感も共に、親への依存として、現実的な問題として出てくるからです。
自分の道を歩みたければ、親への依存を脱して、自律しなければならない。
その自律の第一歩が親との和解なのです。
この和解が出来なければ、大人にはなれない。
大人になれない人間が、自分の道を歩める訳がない。
道を開くとは、大人になることなのです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産