➀ 地下鉄サリン事件
1995年3月20日午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現東京メトロ、以下営団地下鉄)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスのサリンが散布された。
乗客や駅員ら12 – 14人が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。
営団地下鉄では、事件発生に伴い日比谷線の運転が不可能となり、霞ケ関駅を通る丸ノ内線・千代田線については同駅を臨時に通過扱いとして運行することにしたが、一時的に部分運休した。
運転再開後はほぼ所定通りのダイヤで運行したが、終電まで霞ケ関駅を通過扱いする措置を執った。
3月20日は月曜日で、事件は平日朝のラッシュアワーのピーク時に発生した。
これは村井秀夫と井上嘉浩が乗客数および官公庁の通勤のピークが8時10分ごろであると考えたためである。
各実行犯は500〜600gの溶液(うちサリンは35%程度)の袋詰めを2つ、林泰男だけは3つ運び、犯人は各々に命じられた列車に乗り込み、乗降口付近で先端を尖らせた傘を使い、袋を数回突いて下車。
それぞれの犯人が共犯者の用意した自動車で逃走した。
これらの路線の車内はラッシュ時には非常に混雑するため、危険回避のために乗客が車両間を移動することは困難であったと推測されている。
この事件は教祖の麻原彰晃が首謀、村井が総括指揮を担当、そして井上が現場調整役を務めた。
サリンは遠藤誠一を中心に土谷正実と中川智正の補佐によって生成したものが使われた。
事件から2日後の3月22日、警視庁はオウム真理教に対する強制捜査を実施し、事件への関与が判明した教団の幹部クラスの信者が逮捕され、林郁夫の自供がきっかけとなって全容が明らかになり、5月16日に教祖の麻原が事件の首謀者として逮捕された。
地下鉄サリン事件の逮捕者は40人近くに及んだ。
リムジン謀議には、麻原・村井・遠藤・井上・青山吉伸・石川公一の6人がいた。
謀議に積極的発言をした麻原・村井・遠藤・井上の4人の共謀が成立するとし、同乗しながら謀議に積極的な発言が確認できなかった青山と石川の共謀の立件は見送られた。
東京地方裁判所は、首謀者の麻原をはじめ、サリン製造に関与した3人(遠藤・土谷・中川)、散布実行犯5人のうち林郁夫を除く4人 と、送迎役5人のうち新実智光に死刑を言い渡した一方、新実と逃走中の高橋克也を除く送迎役3人(いずれも求刑は無期懲役)と井上嘉浩(求刑:死刑)には無期懲役が言い渡された。
東京高等裁判所の控訴審では、井上にも死刑判決が言い渡された。
サリン製造役3人および実行役4人、新実・井上の計9人に言い渡された死刑判決はいずれも最高裁判所で、2011年に遠藤の上告が棄却されたことをもって確定した。
2012年6月15日、この事件に関与したとして特別指名手配されていた高橋克也が逮捕され、地下鉄サリン事件で特別指名手配されていた被疑者は全員逮捕された。
高橋が逮捕されるまでに、前述した新実を除く送迎役は全員求刑通り無期懲役判決が確定しており、高橋も他の送迎役同様一・二審で無期懲役判決を受け、最高裁に上告中であったが、上告が退けられた。
2018年7月、事件に関与した死刑囚の死刑が執行された。
② 福岡県西方沖地震
福岡県西方沖地震は、2005年3月20日午前10時53分に福岡県北西沖の玄界灘で発生した気象庁マグニチュード7.0(Mw 6.7)、最大震度6弱の地震である。
震源に近い福岡市西区の玄界島で住宅の半数が全壊する被害となったのをはじめ、同区能古島、西浦、宮浦、東区志賀島などの沿岸地区で大きな被害となった。
福岡市および志摩町・前原市(現・糸島市)と周辺市町村を中心に被害が発生した。
死者1名、負傷者約1,200名、住家全壊約140棟。
福岡市付近では有史以来もっとも大きな地震だった。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産