うばい合うと 足らないけれど わけ合うと あまっちゃうんだなあ
人類が誕生し、人間となって、私たちは、狩猟採集生活を長く行ってきた。
その時は、獲物も採集物も、みんなで分け合っていた。
狩りをして、動物を仕留めた人間だけが、その動物を独占していたわけではなく、周りにいた人間も、居住地で待っている女性たちも、ともにその獲物の肉を分け合っていた。
自分が、自分が、と自己所有権を主張することはなかった。
しかし、農耕が始まり、自分が耕した土地に農作物が出来て、それを食料にし出してから、どんどんと自分の所有物としての意識が大きくなった。
みんなに分け合うということが、どんどん減った。
ただし、村の共有地や川などの生命線にかかわるものは、それでも分かち合っていた。
それが、産業革命を経て、現代に至ると、自己所有権だけが肥大化し、今は奪い合いの状況になっている。
みんなのものという意識は、ほとんどなくなってしまった。
地球や自然はみんなのものという意識があったのに、それもなくなりつつある。
太古の人間の精神をもう一度私たちは、見直すべきだ。
社会的動物としての私たちは、みんなのもの、分かち合うもの、そういう感覚をなくすべきではない。分かち合う精神をもう一度呼び起こすことだ。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産
