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雲仙・普賢岳噴火 3.Jun.2025

1991年6月3日、雲仙普賢岳で発生した火砕流によって43人が犠牲になりました。
報道関係者16人、消防団員12人、一般人6人、タクシー運転手4人、火山研究者3人、警察官2人です。
消防団員や警察官は取材者に警戒を呼びかける中で、タクシーの運転手は取材者に同行する中で、巻き込まれました。
記録を調べると、噴火は前年の1990年11月から始まり、その後も活発な活動が続いていました。
そして災害が起きる10日ほど前の5月24日には、初めての火砕流も確認されていました。
こうした状況の中で、取材者は火砕流の様子を捉えようと山に近づいていきました。
しかしその2日後、事態を変える出来事が起きます。
5月26日火砕流は予想外に流れ下り、住宅がある地区に迫ってきたのです。
太田さんは島原市に火砕流の危険性を忠告。島原市は、火砕流を対象とした初めての避難勧告を発令します。
取材者がいる「定点」も避難勧告の対象区域に含まれていました。
「想定よりも火砕流の規模が大きくなっている。厳重な警戒が必要です」
太田さんは、火山噴火予知連絡会の会長とともに会見を開き、こう訴えました。
住民たちの避難は進みましたが、依然として多くの取材者が「定点」で取材を続けていました。
夜に赤く光る火砕流の様子を捉えようと、夜中もいたといいます。
そこには取材者が手配したタクシーの運転手、警戒を呼びかけるために消防団や警察官もいました。
その様子を知った太田さんは、島原市の災害対策本部に訴えました。
「避難勧告区域は危険。マスコミや関係者に警告してほしい」 市も取材者に対して退去を要請。
しかし多くがこれを聞き入れませんでした。
そして1991年6月3日。多くの人を巻き込む火砕流災害が起きてしまいました。
雲仙普賢岳の噴火が起きたのは約200年ぶりの出来事。どんな被害が想定されるのか、過去の災害に学んだそうです。
有名だったのが江戸時代の「島原大変肥後迷惑」と呼ばれる災害です。
噴火活動中に起きた地震によって山が崩れ落ちて有明海に流れ込み、大津波が発生。
有明海の対岸の熊本県にも大津波が押し寄せて、約1万5000人が亡くなりました。
一方で、有史以降、「火砕流」で被害が発生したという記録はありませんでした。
これが誤った“先入観”を持つことにつながったと言います。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産