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うららかな春 13.Jan.2017

うららかな春は、厳しい冬のあとからくる。
新年、明けましておめでとうございます。
皆さんは、今年のお正月をどう迎えられたでしょうか。
新しい年の始まりです。
ウキウキしながらこの1年を送っていきたいものです。
さて、今年も厳しい冬があってこそ、その厳しさに耐えたご褒美として、うららかな春が自分のもとにやってくるのです。
安穏とした人生には、うららかな春はやってこない。
厳しい現実と向き合ってこそ、その厳しさ以上の素晴らしい果実が私たちの手元にプレゼントされるのです。
だからこそ、厳しい現実に耐え抜いていくしかないのです。
この1年、厳しさと向き合って、厳しさを自分の中で消化しながら生きていこう。
そうすれば、きっと自分の人生に春はやってくるはずです。 ☆(Koga)

青春の失策 12.Jan.2017

青春の失策は、壮年の勝利や老年の成功よりも好ましいものです。
若い頃の失敗と年を取ってからの失敗は何が違うかと言えば、失敗をした時の傷つき方です。
若い頃に失敗した方がまだまだダメなんだなと思えるから、失敗からの意味を自分のモノにしやすい。
逆に、年を取ってからの失敗では、なんでこんなことで失敗なんかしてしまうのだろうと不運を言い訳にしてしまうことが多い。
失敗を素直に認めれば、それだけ自分が傷つくからです。
それでは、壮年の勝利や老年の成功より、若い頃の失敗という経験が有益なのはどうしてか。
それは、壮年の勝利や老年での成功は、後に続く意味を受け止めにくいからです。
若い頃の失敗の方が圧倒的に後に活きてくる。
あの時の失敗が今を作ったと言えるからです。
失敗から学ぶことです。
成功や勝利から学ぶ以上に、失敗から色々なことが学べるはずです。
痛い失敗と心地良い成功とどっちが未来に続くのか。
それは、痛い失敗だろう。
痛いと言うだけで記憶に残るからです。 ☆(Koga)

青年時代の夢 11.Jan.2017

大人とは、裏切られた青年の姿である。
青年時代、どんな夢を見ていただろう。
そして、その夢は今どこに行ってしまったんだろう。
私たちの青年時代に抱いていた夢は、今、自分の前にまだあるのだろうか、それとも、そんな夢はとっくに消え失せ、何も残っていないのだろうか。
はたまた、もうその夢は叶えられて、違う夢を見ていたりするのだろうか。
辛辣に響くが、それが当たり前です。
青年時代に夢見たことは、大人になってからは捨てられるものです。
そう、青年時代の夢を裏切ってこそ、大人になっていけるのです。
なぜならば、子どもと大人は質的に違う存在になるからです。
ずっと子どものままではいられないからです。
が、しかし! それでも、青年時代の夢を多少は残しておくことです。
青かった夢を死ぬまで抱き続けて、人生のスパイスにすることです。
もしかしたら、大人になってもできるかもしれないと、ワクワクする余地を残しておけば、それだけ人生は豊かになるからです。 ☆(Koga)

人間として接する 10.Jan.2017

人間的なあつかいをすれば、神の似姿などとうの昔に消えてしまったような人さえ、人間にすることができる。
「一寸の虫にも五分の魂」というけれど、どんな人間にでも人間らしい感情はある。
たとえ、それがヒトラーでも、スターリンでも、ポル・ポトでも。
そんな極悪非道な人間たちに対して、それでもなお、人間として接していけば、彼らは人間らしくなっていくものです。
それでは、人間として接するとはどういうことか。
それは、自分が望むように接するということです。
私がこう接してもらいたいから、彼もそう思うだろうと考えて接することです。
それを彼がこう接してもらいたいと思っているから、こう接しようというのではない。
それでは、ヒトラーやスターリンやポル・ポトが他人から接しられたようなものです。
腫れ物に触るように接してしまう。
これでは人間にならない。
悪魔のままになってしまう。
私たちは人間として人間に接するべきです。
ダメなものはダメ、良いものは良いと接することです。
自分が悪いことをしたら叱られたいのが人間です。
自分が良いことをしたら、ほめられたいのが人間です。
そのままで接して行くことです。 ☆(Koga)

成人の日 9.Jan.2017

成年に達したことを祝う「国民の祝日」のひとつ。
全国各地の自治体で成人式が催される。
成人式に参加する晴れ姿が街にあふれる毎年恒例の行事であるが、新成人のマナーの悪さや儀式の意義についても話題に上っている。
祝日法(国民の祝日に関する法律)によると、1月の第2月曜日を「成人の日」とし、大人になったことを自覚し自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日だと定めている。
以前1月15日とされていた成人の日は、土曜日・日曜日と合わせて3連休をつくる目的で、2000年から1月の第2月曜日(ハッピーマンデー)に移った。
成人の日には、全国の市町村など多くの自治体で成人式が開催されている。
文部科学省の調べでは、2000年度は、3247市町村のうち83%の自治体で行政が主催する成人式が行われた。
その他、15%の自治体では新成人が参加する実行委員会と共催する形式、残りの2%は行政が成人式に関与していなかった。
最近、成人式における新成人のマナーの悪さが目立つようになってきている。
祝辞を述べる市長にクラッカーを向けたり、会場で日本酒を飲んで騒いでいたりと枚挙にいとまがない。
2001年度は式典の規模を小さくするなど対策に追われたが、そもそも自治体主催の式典の意義を疑問視する声も出始めている。
2017年(平成29年)成人式を迎える人は、1996年4月2日~1997年4月1日生まれです。
成人の日は1月9日(月)の大安になります。
学年区切りになるので、満20歳になっている方も、早生まれでこれから20歳になる方も成人式の対象になります。
来年から東京オリンピックの2020年までは次のようになります。
2018年(平成30年)成人式を迎える人
1997年4月2日〜1998年4月1日生まれ
成人の日は1月8日(月)
2019年(平成31年)成人式を迎える人
1998年4月2日〜1999年4月1日生まれ
成人の日は1月14日(月)
2020年(平成32年)成人式を迎える人
1999年4月2日〜2000年4月1日生まれ
成人の日は1月13日(月) ☆(Koga)

無理を承知で 8.Jan.2017

あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。 
この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。
これは心に余裕がある人にしかできない。
自分と同じ意見を探している人間ということは、自分のことに精一杯の人間ということだから、そんな人間が全体の四分の三いるとすれば、当然、その中に私たちも入ってしまう。
そんな余裕のない人間が他人のことなんてなかなか考慮できるわけがない。
無理だ。
がしかし、その無理をすれば、当然、他人に好かれ、味方が多くなり、何をやるにしても、簡単に出来るようになって、心に余裕が生まれる。
そうなれば、今度は簡単に他人に好かれる行為ができるようになる。
つまり、好循環を作れるというわけです。
ということは、好循環を作るためには、無理を承知で何かをやることだ。
できない! 無理だ! と決めつける前に、やろう! 無理して頑張ろう! と思うことが大切なことなのかもしれない。
これからは無理という壁を乗り越えよう! ☆(Koga)

恥ずかしい 7.Jan.2017

羞恥は人間において罪の内的限界のしるしである。
まさに赤面したところから、その人のより高貴な自我が始まる。
自意識を持つと、人は恥ずかしいという感情が湧くようになる。
そして、自意識のレベルが上がると、誰に対して恥ずかしいのかが変わってくる。
こんなことをして恥ずかしいという感情は、罪の抑止になる。
世間様に顔向けができないと昔の人は良く言ったものだが、私たちは、恥ずかしいという感情で自分の感情的な行動を抑止するのです。
だから、この恥ずかしいという感情が湧かない限り、私たちはなかなか社会構成メンバーにはなれないのです。
恥ずかしいという感情は、この自分が誰かに対して恥ずかしいということだから、まず自分の責任を自覚できること、そして、自分以外の人間を慮ることが、必要だからです。
恥ずかしいという感情は、高貴な自我になるステップなのです。
私たちは、実はこの感情が最近非常に少なくなってきたことに目の当たりにしているはずです。
電車の中で堂々と化粧をする女性、道端にしゃがみ込んで何かを食べている人たち、歩きながら、人前で堂々と大きな口を開けて、パンをほおばる若者。
何かが違う方向へ行っているような感じするが、どうだろうか。 ☆(Koga)

処世術 6.Jan.2017

至上の処世術は、妥協することなく適応することである。
状況に適応することが、重要なことです。
理想と現実のはざまで、自分の思いを乗り越えて、状況に適応しようとすることが重要なことなのです。
それを自分の思いを捨てないで、しぶしぶ現実と妥協してしまえば、結果は悲惨なものになってしまうだろう。
なぜならば、自分の思い通りではなく、やりたくないことだからです。
だから、重要なことは、自分の置かれた状況をどう見るかということなのです。
この状況を甘んじて受け入れ、そして、その状況を改善していくために、その状況に適応して、その状況を少しずつ変えていくしかないのです。
妥協は決着だが、適応はプロセスです。
状況の変化に徹底的についていくしかないのです。
その中で徐々に改善がなされていく。
それが適応です。
私たちは、安易に妥協して、自分の中で決着をつけないようにしよう。
適応は、状況の変化に対応することです。
進行中なのだ。このことを忘れないで、変化対応していこう。 ☆(Koga)

厳しさ 5.Jan.2017

厳しさは恐怖を生むが、荒々しさは憎悪を生む。
先月のアメリカ大統領選では、トランプ氏が選ばれたわけだが、そのトランプ氏は、選挙活動中の発言が、世界の耳目を集め、批判の的になっていました。
まさに、荒々しい発言が、皆の批判を呼んだのです。
厳格なことと無法なこととは、全く質が違う。
厳格なことには、ある一定のルールが存在し、そのルールを守ることが前提にされているが無法なことは、そのルール自体がないから何をどうやって良いのか全くわからない。
人間は、理解不能なものに対しては、嫌悪を感じるのです。
私たちは、厳しさと荒々しさを区別し、厳しさを求めよう。
厳しさには、その裏に自己責任と愛情があるが、荒々しさには、その裏に自己本位と無責任しかない。
厳しさを自分のものにすることです。 ☆(Koga)

素直に向き合う 4.Jan.2017

自然によって引き起こされる最初の衝動は、必ず正しい。
生来の不正というものが人間の心にあるわけではないからです。
人間は、基本的には、自然を有しているから、これは変だとか、これはおかしいとか、これは凄いという初印象は、案外当たる。
それは、自然が素直に機能して、生物としての生命力が発揮され、自分自身を無意識のうちに防御する感受性がしっかり働くからです。
しかし、その初印象から時間が経つと、人間は自分の頭を使って考え出すから、素直さがどんどん減って、自分の心の状態でものごとを判断するようになる。
そうなると、自然性が発揮されないから、自分の思惑が判断に忍び込んで、認識を歪めてしまうのです。
つい不正をしてしまうのです。
そうならないために、私たちは、ちょっと意識する必要がある。
それは、物事を素直にありのまま見ているかどうかを問うことです。
自分の心の状態を一旦隅に置いて、物事を見ることです。
素直に対象に向き合うことだ。
そうすれば、対象をそのまま見ることができるようになるかもしれない。
素直に見ているか、いつも自問することです。 ☆(Koga)