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覚悟を決める 16.Mar.2017

梯子を登り終えたら、その梯子を投げ捨ててもらわねばならない。
人間の覚悟の弱さを言っています。
高いところまで行きたいと梯子を登ってみたは良いけれど、下を見て怖気づいて、登ってきた梯子を下りたくなってしまう、そんな人間の心理を見越した考えです。
だから、梯子を登り終えたら、その梯子を外してしまえと言うのです。
そうすれば、下にはもう降りられない。
覚悟を決めるしかない。
高いところで生きていくしかないのです。
下界に未練があったとしても登ってきた梯子がないのです。
腹を括って生きていくだけになる。
当然、覚悟が固くなっていくだろう。
私たちに大切なことは、覚悟です。
どんな覚悟をするか、そして、その覚悟がしっかりしているものなのか。
登ってきた梯子を外す勇気こそ、本物の覚悟を持つことになるのです。 ☆(Koga)

自分の知恵 15.Mar.2017

いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点を引き出すことです。
生きていく中で、私たちは色々なことに遭遇する。
そして、そこから色々なことを自分の知恵に変えていく。
ここが人間の素晴らしい点だが、最近はそれがなかなかできなくなりつつある。
それは、人間の置かれた環境が甘くなっているからです。
生きるか死ぬかという環境ではなくなっているからです。
経験値がそれほどなくても、ボーっとしていても、死ぬことはないからです。
しかし、そんな環境でも、人間同士の環境は非常に厳しいものになっている。
格差社会がどんどん広がって、人間同士の競争がどんどん厳しく過酷なものになっている。
そんな状況を意識する人が、知恵を自分のものにしようと、色々な経験から学んでいるのです。
私たちは、少なくても、色々なことから自分自身の知恵になるようなものをしっかりと受け止めるようにしよう。
自分の人生を充実させるためにも。 ☆(Koga)

学ぶこと 14.Mar.2017

学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。
自分の無知に気づけば気づくほど、よりいっそう学びたくなる。
人間は、無知を解消するために学び出す。
しかし、学べば学ぶほど、無知の自覚は大きくなるばかりです。
それは、ちょっと世界を知ってしまった宿命だとも言える。
学ぶべき対象の広さにどんどん気付くからです。
学びとは、世界の全てを学ぶことです。
世界の一部から入って、結局は、全てを知らなければ、学んだことにならないのではないかと思い始めるようになる。
学べば学ぶほど、まだまだ世界に届いていないと思うようになるのです。
しかし、そのうちに、学ぶこととは、単に知ることではないことを知るようになる。
そうなってくると、今度は学びの深さが問題になる。
世界を知るではなく、世界の本質に自分の理解が届いているのかが、問題になってくるのです。
そうなると、今度は、自分の無知が許せるようになる。
人間が知りえることは、この程度だと自覚するからです。
そこから、学びは楽しくなっていくのです。
学ぶことをスタートしよう。
学べば学ぶほど、世界の本質に近づく。
それは、生きている本質に近づくということです。
学ぶことは生きることです。 ☆(Koga)

言葉と行動 13.Mar.2017

ある人間を判断するには、その人の言葉によるよりは、むしろ行動から判断したほうがいい。
というのは、行動はよくないが、言葉が素晴らしい人間が多くいるから。
人間の真実は、言葉と行動で現れる。
言葉における真実は、考えられた言葉以上に、とっさに出た言葉によって現れる。
そして、行動は、特別な時ではなく、普段の行動の中に現れるものです。
だからこそ、人間は、普段の言動によって、評価されてきたのです。
言葉以上に行動を基に人間を判断しろというのは、言葉は簡単に嘘をつけるからです。
それに対して、行動は、言葉以上に自分自身が面倒なことになるから、そうそう簡単には、嘘をつけない。
だから、私たちは、人間を評価する時は、行動から判断した方が良いのです。
逆に言えば、私たちも行動から評価がなされるわけだから、普段の行動をしっかりとることです。
何気ない行動に真実があるのです。
何気ない行動にいつも意識を向けることです。 ☆(Koga)

自分の器 12.Mar.2017

自分を受け容れる器が大切です。
自分を、素直に受け容れましょう。
誰にでも、自分を受け容れる器はあります。
「そんなの自分じゃない」という殻を壊すところから、新しい自分が見つかるのです。 ☆(Koga)

家庭を大切に 11.Mar.2017

アメリカでは、個人を大切にすることはもちろんですが、それ以上に家庭を大切にする文化です。
日本にも「家庭の日」運動が起こり、家庭が果たす役割への期待は大きくなっています。
家庭で躾、人間関係を学び、ふれあいとやすらぎの場から豊かな心を創ります。 ☆(Koga)

希望と恐れ 10.Mar.2017

希望と怖れは切り離せない。
希望のない怖れもなければ、怖れのない希望もない。
私たちが、未来に希望を持つのは、そこに恐れがあるからです。
将来どうなってしまうのだろうという恐怖が、希望を持たせるのです。
それでは、希望とは何か。
希望とは可能性のことです。
可能性とは、成功と失敗をともに起こり得るものとして、行動をすることです。
だから、希望と恐れは切り離せないのです。
私たちに、もし恐れがなければどうなるのか。
日々をただ生きていくだけだろう。
老いるという恐れも、死ぬという恐れも、職がなくなるという恐れもなければ、人間は、何も新しい行動はとらないはずです。
なぜならば、現状維持で良いからです。
しかし、人間の未来は、どうしても変わってしまう。
それも予測不可能な方向へ。
だからこそ、どうなってしまうのだろうと不安になり、恐れるのです。
それを乗り越えるために、人間は希望を抱く。
こうなってほしいと。
だからこそ、恐れるものは、希望を抱かざるを得ないのです。
恐れるからこそ、希望を持つことです。
希望はすべてのエネルギーだ。
希望を持ち続けることです。 ☆(Koga)

もうダメだ! 9.Mar.2017

世界の大偉業の大半は、もはやこれで絶望かと思われた時にも、なお仕事をやり遂げた人々の手によって成し遂げられた。
もうダメだ! と思う時、何を考えるかが、その人の価値です。
そして、もうダメだと思って考えた結論が、その後のすべてを決定していくことになるから、もうダメだ! が、もうダメだ! で終わらないのが人生なのです。
どんなことも順調に運ぶようなことはない。
何がしかの予定外がある。
もっと言えば、全く予想したように進むことなど人生には、ほとんどない。
だから、もうダメだ! であきらめないことなのです。
袋小路にたどり着いたら、そこから、もうひと踏ん張り考えることです。
何とかできるかもしれないと必死になることです。
私たちにとって大切なことは、なんでこのことをやっているのかを忘れないことです。
そのことが明確であれば、もうダメだ! では終わらないはずです。
最後の最後まで打つ手はある。
その打つ手をあきらめないことです。
それが、自分の人生をあきらめないことなのです。 ☆(Koga)

対自的な世界 8.Mar.2017

他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。
しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは、立派な恥です。
相対的評価の世界で生きている人たちは、いつも他人と比較する。
同期で誰が出世が早いのかと気にする人たちが、そんな人です。
誰よりも自分が一番仕事ができると思っている人も、相対的評価の世界で生きている人です。
しかし、相対的評価の世界で生きようとしている人には、空しい結論が待っている。
それは、自分より優れた人が登場した場合、その舞台から引きずり降ろされるという結末です。
いつも他人と比較し、競争している人の運命は、相対的優位に今はなっていても、安泰ではないのです。
しかし、そんな相対的評価を超えて、自分自身との対自的な評価を問題にする人は、自分自身との闘いをしているだけだから、自分自身の成長だけが、モチベーションになっている。
他人がどうであろうと、自分自身が昨日よりも今日の方が、より良い人間になっていれば、それで良しなのです。
誰かとの競争に負けることはないから、自分自身でいられるのです。
私たちは、相対的評価の世界で生きているよりも、対自的な世界で生きていこう。
過去の自分に負けないようなあり方を求めよう。
それこそが、自分自身を生きるということだからです。 ☆(Koga)

自分の目標 7.Mar.2017

大きな山を登った後にだけ、人はさらに登るべきたくさんの山があることを見出す。
何も努力をしていない人が、目標など持てるはずがない。
目標は、努力をした人にしか、中々持てないものです。
山に登ろうと少しでも前に進んだ人でなければ、目標なんて出てこないのです。
それは、視界が開けないからです。
言わんとすることはそういうことです。
何もしていない人には、素晴らしい世界は見えてこない。
それは、自分を変えようとしない人には、今までの世界しか見えないからです。
だから、私たちは少しでも前に進んで様々な世界を見に行こう。
それは、地理的な意味ではない。
精神的な世界の広がりです。
まだ見ぬ素晴らしい世界を見るために、自分の目標が持てるように努力をしていこう。 ☆(Koga)