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できる 7.May.2017

できる できる できる。
絶対に消極的な言葉は使わない。
否定的な言葉は口から出さない。
悲観的な言葉は自分の言葉の中には一切無いと考える。
「できる できる できる」でやってみると本当にできるのです。 ☆(Koga)

こどもの日 5.May.2017

なぜ5月5日が端午の節句と言われているのか?
節句とは、季節の節目であり、 江戸幕府が祝日として定めたのが起源です。
最初は、午の月(=5月)の、端(=最初)の午の日を端午としていました。
それが後に、 「午(ご)=五(ご)」となることや、他の節句と同様に月と日が奇数の数字になることから、 5月5日を端午の節句とするようになりました。
今では「端午の節句=こどもの日」というイメージがあるかもしれませんが、 元からあった5月5日の端午の節句が、後に国民の祝日として「こどもの日」と制定されたのです。
1948年に、 「こどもの人格を重んじこどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」 として定められました。
昔は端午を象徴する菖蒲が“剣”の形に似ていることや、 「菖蒲」が「尚武(武道を重んじること)」と同じ読みであることから、 当初、端午の節句は男の子を祝う日だったのです。
しかし、今ではこどもの日として、 男の子だけではなく女の子も一緒になって祝うのが一般的になりました。
鎧や兜をかざるのは、鎧や兜は、身体を守ってくれるので、 「災いから身を守る」という意味合いで飾られています。
由来としては、 武家社会にて、神社に鎧や兜を奉納して安全を祈願した風習が元となっており、 庶民が武家の真似をして端午の節句に鎧や兜を飾るようになったことからこ
の風習が広まりました。
また、五月人形は童話で有名な『金太郎』、坂田金時がモデルとなっており、 金太郎のように健やかにこどもが育つことを祈願して飾られるようになったのです。
鯉のぼりを披露するのは、起源は中国にあり、 竜門という滝を多くの魚が登ろうとしたところ、鯉だけが登り切り竜になったことから、 鯉の滝登りが立身出世として象徴となりました。
今でもよく使われる「登竜門」という言葉はまさにここから来ています。
そして、こいのぼりの風習が広まったのは江戸時代で、 裕福ながらも地位が低かった商人が武士に対抗し、 中国の「鯉の滝登り」になぞらえて吹流しと一緒に鯉の絵を飾ったこ とから始まったとされています。 ☆(Koga)

みどりの日 4.May.2017

5月4日は国民の祝日である「みどりの日」
このみどりの日なんですが、その親しみやすい名称とは裏腹に非常に多くの問題を含んだ祝日で、ゴールデンウィークを構成するためだけに存在している、と言っても過言ではないのです。
4月29日を祝日として残すその本来の目的というのは、あくまでも「昭和天皇の御功績を称え、記念するものである」というのが、当初の政府の説明でした。
また「みどりの日」という名称にしても、昭和天皇が大変自然を愛されたことに由来すると言っていたのです。
しかし実際に成立した「みどりの日」の趣旨というのは「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」という昭和天皇と全く関係の無いものでしかありませんでした。
政府が「みどりの日」という名称にしたのも「昭和の日」では野党や左派勢力から批判を出ることは確実なため、昭和天皇や昭和という時代を包み隠すような、抽象的であいまいな名前に決定したのです。
この時、政府は批判等で祝日の成立が遅れることを最も嫌った。
実はこのみどりの日は、昭和天皇が崩御されてから、たったの1ヶ月半という異常なほどの早さで作られたものでした。
そのあまりの性急さに、昭和天皇を失って呆然としていた国民は、いつの間にこんな祝日になったのかと唖然となった。
なぜそこまで政府はその成立を急がなければいけなかったのか。
その時、政府が最も危惧していたのは「4月29日が平日になること」だったのです。
天皇が崩御されたのが1月7日で、法案成立が2月25日です。
まるで迫り来るゴールデンウィークに追われるように、早急にみどりの日が成立した。
本当は4月29日を祝日にするのは昭和天皇の偲ぶためというのは、あくまでも建前でしかなく「ゴールデンウィークの存続」こそが政府にとって最も大切なことだったのです。
天皇とは日本そのものであり、国民の祝日は国の歴史そのものです。
しかし政府にとってはそんなことどうでもよく、連休の存続こそが至上命題だった。
つまり、政府はGW存続のために「昭和天皇を利用した」敗戦後にGHQが行った日本の歴史否定の非道を、今度は日本政府自らが犯したといっても過言ではない。
この4月29日を祝日として残すのは、GWの入り口としてのためなのか、それとも昭和天皇を偲ぶためのものなのか、もし後者であるなら、なぜ「昭和の日」としないのかという国会内での質問に対し、当時官房長官であった小渕恵三氏は「みどりの日ということで、国民の皆さんの気持ちとして昭和天皇を偲ばれるということであるのならば尊いことだと思う」と訳の分からない答弁をし、そして次のようにも発言しました。
「明治天皇のお誕生日が現在、国民の中で文化の日として定着していることから考え、最終的にみどりの日でお願いしている」日本人にとって非常に重要な祭日であった明治天皇のお誕生日「明治節」を、GHQが強制的に変えたものが「文化の日」という意味不明の祝日なのです。
そんなものを「定着している」と表現するのですから、保守であるはずの自民党政権による皇室や歴史、祝日に対する軽視はすでにこの頃から始まっていたことが分かると思います。
昭和の日の成立に従い、みどりの日は5月4日へと移動になりましたが、これも連休を形作るため、また政府がみどりの日を再利用したに過ぎないのです。
この5月4日は、それまで「国民の休日」という憲法記念日と、こどもの日の間を埋めるためだけに作られた、訳の分からない休日でした。
つまり、そこに移動したということは、みどりの日など国民の休日ほどの意味しかない、と政府が認めたと同じことなのです。
5月4日という日には何の意味もない、ただGWにポッカリと開いた穴。
その穴を埋めるためだけに成立させた「国民の休日」その「国民の休日」の代わりに代用された「みどりの日」そんなものに「自然に感謝して、豊かな心をはぐくみましょう」だなんて、誰が心から祝うというのでしょうか。
「国民の休日」を祝う国民はいないのです。
「みどりの日」という偽りの祝日など、昭和の日だけではなく国民の祝日全体の価値さえ貶めかねない。
私はこの観点からも「みどりの日は廃止されるべきである」と考えています。
そしてそんなにゴールデンウィークが日本の歴史や文化よりも大切だと言うのなら「国民の休日」に戻せばいいだけなのです。 ☆(Koga)

憲法記念日 3.May.2017

5月3日は憲法記念日。
憲法記念日はゴールデンウィーク中にある祝日なので、お休み気分に浮かれてて、正直「何の日なんだろう?」って深く考えることはなかったです。
憲法記念日は、1948年5月3日
「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」という目的で
制定された、国民の祝日です。
ちなみに、日本国憲法が制定されたのは、記念日が始まる前の年の1947年5月3日。
5月3日が記念日なのはここが由来というわけです。
日本は第二次世界大戦で敗戦し、それまでの富国強兵路線路線から、西側諸国の民主主義を取り入れた国づくりの道を歩き始めますが、
? 「国民主権」
? 「平和主義」
? 「基本的人権の尊重」
を柱にした日本国憲法は、まさに戦後の再出発をする日本を象徴するものでした。
新しい憲法の制定には、国民の賛同も大きかったようです。
新しい憲法で戦後の混乱が収まり、安定した生活ができるといった、期待感もあったはずですよね。
そして、憲法記念日の制定に関しては、当時の国民の間では、新しく誕生した日本国憲法が施行された
5月3日こそ記念日としてふさわしい、という思いがありました。
そうですよね。
施行された日というのは忘れたくないですし、それを記念日にするのは妥当だと思います。
さて、法律は施行される前に、公布されますが、日本国憲法も施行される半年前に公布されました。
その公布された日が、実は11月3日の文化の日なんですね!
憲法記念日と文化の日には、こんな関係がありました。
憲法記念日は、憲法が施行された日を記念した祝日で、文化の日は、憲法が公布された日を記念した祝日という違いがあるわけです。
ちなみになんで憲法が公布された日を記念して、文化の日というのか、それは日本国憲法が、平和と文化の発展に重点を置いていることからきている、ということです。 ☆(Koga)

現実と戦う勇気 2.May.2017

現実は夢を破壊することがある。
ならば、夢が現実を破壊することだってあってよいではないでしょうか。
夢を追求することは、現実に異議申し立てをすることです。
だからこそ、現実と夢は、いつも戦うことになる。
そして、現実が勝って、夢を破壊する時もあれば、夢が勝って、現実を作り変えることもある。
勝つか負けるかを繰り返しながら、現実と夢はいつでもせめぎ合っているのです。
だから、私たちには、現実か夢のどちらの側に立つのかが、いつも問われる。
リスクを捨てて、現実を取るか、リスクを承知で、夢に賭けるか、私たちはいつでも選択を迫られているのです。
私たちは、出来れば、夢の側に立ちたいものです。
少なくても、夢を持つ人間の邪魔をしないようにしたいものです。
現実と戦う勇気を私たちは、いつも用意しておきたいものです。 ☆(Koga)

自分自身が光る 1.May.2017

深海にいきる魚のように、自ら燃えなければどこにも光はない。
私たちは、自分で自分の道を歩くしか、生きていく術はない。
他人が、自分に代わって自分の道を歩いてはくれない。
それと同じように、自分の歩く道は、自分で光を照らさない限り、他人が照らしてくれることはない。
だから、他人に頼ることなく、自分の行く先を自分で導いていくしかないのです。
真っ暗な世界で自分自身が光らない限り、全く何も見えない、そんな深海の世界と同じで、人生も自分で光らなければ、何も見えないものです。
自分の道を他人に期待して歩むのはやめよう。
自分が光ってこそ、光は本物になるのです。
他人に照らされて光っているように見えるのは、勘違いです。
自分自身が光るように、自分の道を歩くしかないのです。 ☆(Koga)