秋分の日は、1948年に公布・施行された「国民の祝日に関する法律」によって制定されました。
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」とされています。
戦前、秋分の日は「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」と呼ばれていました。
秋季皇霊祭とは、毎年秋分の日に宮中で、歴代の天皇や皇族の神霊をまつる儀式です。
その後、庶民の間にも徐々に広がり、戦後「秋分の日」と改名されました。
秋分の日は、例年9月23日ごろです。
秋分の日の正確な日程は、国立天文台が作成する「暦象年表」に基づいて閣議で決定されます。
そのため、必ず9月23日が秋分の日であるわけではありません。
天文計算上、秋分の日は2044年まで9月23日です。
(うるう年に限り9月22日)秋分の日が9月21日で月曜日である場合、敬老の日と秋分の日が同じ日になります。
しかし今のところ振替休日については定義されていません。
秋分の日が9月21日で月曜日になる年は、天文計算上では2876年です。
お彼岸は年に2回あり、春分の日にあるお彼岸を「春彼岸」、秋分の日にあるお彼岸を「秋彼岸」と言います。
しかし、なぜ秋分の日と春分の日がお彼岸なのでしょうか。
「彼岸」とは先祖がいる「極楽」を指します。
反対の「此岸(しがん)」とは私たちが生きている世界のことです。
仏教では、彼岸は西に位置し、此岸は東に位置すると考えられています。
春分の日と秋分の日は太陽が真東から昇り真西に沈むため、彼岸と此岸が最も通じやすい日と考えられました。
以上の理由から、春分の日と秋分の日に、先祖を供養するようになりました。
春分の日と秋分の日はお彼岸の中日にあたるため「彼岸の中日」と呼びます。
仏教では「中道」という考えを重んじています。
中道とは「苦」「楽」「有」「無」にとらわれない偏りのない立場のことです。
昼と夜の長さが同じである春分の日と秋分の日は、中道を象徴した日と考えられました。
そのため中道を象徴したこの日は、仏教に励むようにと意味が込められています。
「暑さ寒さも彼岸まで」という有名な言葉があります。
お彼岸は季節の変わり目を感じることができる日です。
農耕生活が中心だった時代、日本人は太陽を崇拝しており、気候が良いお彼岸は五穀豊穣を祈願する絶好の時期でした。
春分の日は種まきが始まる時期で、秋分の日は収穫の時期です。
そのため、春には収穫を祈り、秋には収穫を感謝してお供えをしたと言われています。
昔からある日本の自然信仰と仏教の教えが結びつき、お彼岸は定着しました。
秋分の日には、家族でお墓参りや寺で開かれる彼岸会(ひがんえ)に行く方もいると思います。
秋分の日は、お墓周りや仏壇周りの掃除をしましょう。
秋分の日のお供え物といえば「おはぎ」が定番です。
実は秋分の日にお供えするおはぎと、春分の日にお供えするぼたもちは同じもので、名前だけが異なることをご存じでしょうか。
おはぎは秋に咲く萩の花にちなんで、ぼたもちは春に咲く牡丹の花にちなんで名付けられました。
日本では昔から、小豆には邪気を払う力があると信じられていました。
お彼岸におはぎや、ぼたもちを供えることにより、祖先への供養を行います。
秋分の日は祖先の供養や、季節の変わり目を、感じることができる日です。
日本の生活習慣に根付いており、仏教の教えと深く結びついています。
秋分の日は、おはぎを作り家族と一緒にお墓参りに行ってはいかがでしょうか。
お墓参りの際は、季節に合った花も、一緒に供えることをおすすめします。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産