人間は、どんな所でも学び続けてきた。
未開に住む人々は、その環境に最適化しようと、色々な変化に敏感になり、危険の兆候を色々なものに感じ取って生きた。
まさに、一つひとつの個人の経験が、集団の知恵になり、時代の知恵として残っているのだ。
だから、学校だけが学びの空間ではないことは明確だ。
学校での成功者が、社会の成功者になれるとは限らない。
それは、学校だけが学ぶ場所ではないことを示している。
社会に出てからこそ、学びが数多くあり、その学びの環境は、意図的でもなく、理想的でもなく、酷いものかもしれないのだ。
「こんなところじゃ、学べない!」というような環境のところにこそ、学びが数多くある。
がしかし、甘ったれた奴は、環境だけを問題して、学びの機会を逃してしまうのだ。
学びは、どこにも転がっている。
どんな環境だって、学ぶことが出来る。
しかし、自分の心を開放していなければ、その学びは体の中に入ってはこない。
学びこそ、自分を守る最大の機会だ。
それを自覚し、勇気を奮って心を開放していくことだ。
扉が開かれないと、新しいものは飛び込んでこないからだ。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産
