長崎市を中心に賃貸物件や売買物件の最新情報を提供しております。家の無料査定や買取は株式会社三山不動産におまかせ下さい。

自分の人生 31.May.2018

時が物事を変えるって人はいうけど、実際は自分で変えなくちゃいけないんだ。
私たちは、他力本願的なところが多い。
自分でどうこうするのではなく、他人や状況に任せて、成り行き的にすることが多い。
しかし、そういう成り行きに身を任せていると、自分の人生を楽しむことが出来ない。
それは、他人の都合でどんどん決まっていってしまうからです。
自分の人生なのに、他人や状況が自分に指示を出し、自分は操り人形のようになってしまっているからです。
こんな人生ではダメです。
折角生まれてきたのだから。
自分で決めることです。
たとえ、他人が決めたことでも、同意なら、自分の決断と同じだと思ってやることです。
自分の人生なのだから。
そして、自分で決められる機会があるのなら、自分で決めることです。
自分の人生は自分で決めるのが一番良いからです。
自分で決めることのできる人間でいることです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

欲望 30.May.2018

迷う、ということは、一種の欲望からきているように思う。
ああもなりたい、こうもなりたい、こういうふうに出世したい、という欲望から迷いがでてくる。
それを捨て去れば問題はなくなる。
このことは、非常に微妙なものです。
欲望がなくなれば、なくなったで違う問題が出てきてしまう。
確かに迷いを完全に捨て去ってしまおうと思ったら、欲望を捨ててしまうことが一番だろうが、それで人生は面白いのだろうか。
ここが、問題です。
人生を悟ろうとしている人間や、どうしても迷いから抜け出したい人間は別として、まだまだ人生を謳歌したいという人間は、欲望を捨て去って、平穏に生きるより、何かになりたいとか何かが欲しいとか、今とは違う自分になりたいとか、そういう欲望をもって生きていく方が楽しいのではなかろうか。
そして、その楽しいことと引き換えに迷いが出てきてしまうのです。
だとすれば、迷いを捨て去るのではなく、迷うことをどう自分のモノに出来るかを考えた方が良い。
欲望を捨ててしまわなくても良いのです。
欲望は適切に活用すれば、素晴らしいエネルギーになるからです。
欲望は、エネルギーです。
だから、欲望を上手く使うことです。
そのために、欲望をコントロールできるように、自分の欲望のことをよく知るようにしたいものです。
楽しい人生には、欲望が必要なのです。
まだまだ悟りを啓くわけにはいかない。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

家族総出の法要済ませて

父の七回忌と母の17回忌を合同にて行いました。
東京から弟家族もやってきて家族皆で前日の墓掃除を
念入りに!
日常は私が一人行く墓まいりはまるでお盆が来たかのように
大勢でにぎやかです。
墓石に昇って番長がー!

M&M

信念 29.May.2018

信念、それは人生を動かす羅針盤のごとき尊いものである。
従って信念なき人生は、ちょうど長途の航海の出来ないボロ船のようなものである。
信念とは、何か。
信念とは、自分がどう生きていくか、どんな生き方が美しいか、どういう人間になりたいか、等々の生き方に関わる自分の強い意志のことです。
だから、この信念を持っているかどうかで、人間はその人生が違ってくるのです。
まさに、信念は、羅針盤なのです。
どう生きるかの指針なのです。
私たちは、どんな時も人間関係の中で生きている。
人間と人間が、自分の意志というものをもって関係をしている限り、お互いの意志が衝突して軋轢が生まれてしまう。
そういう状況の中で、私たちは軋轢が解消するように、色々な解決策を考え、実行するのだが、その基準は信念なのです。
自分の持っている信念が、色々な解決策を選択していく際の基準になるのだが、この信念が独りよがりだと軋轢は解決するどころか、どんどん深くなってしまうのです。
だから、信念を持っているだけでは実はダメなのです。
信念を鍛えることです。
信念のないのは困り者だが、それ以上に自分を不幸にする信念を持っていることはもっと困る。
だから、信念を鍛えることです。
失敗を見つめ直して、信念の修正が出来る人間が、素晴らしい羅針盤を持っているということです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

やっと行けました・・・★!

いきなりステーキへやっと行けました☻♬
サーロインを食べたのですが、期待していたより・・・
という感じでした(泣)←期待が大きすぎたせいです・・・。

いきなりステーキマスターのaiに聞いたところ
食べる種類が間違っていたようです(;;)笑
リベンジするかどうか・・・悩みます・・・。

stm♡

信頼関係 28.May.2018

安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。
現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。
危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。
人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。
自分の身を守るという行為には、二つのベクトルがある。
一つは、自分自身を開こうとする行為。
もう一つは、自分自身を閉じようとする行為です。
自分自身を開こうとする行為とは、自分自身を開放して、他人を受け入れ、相手と信頼関係を取り結ぼうとすることです。
そして、その真逆なのが、自分自身を閉じようとする行為です。
つまり、自分の心が傷つかないように、心を貝のように閉じて、他人には見せないようにし、他人を受け入れるふりをして本当のところ受け入れないようにすることです。
つまり、他人と信頼関係を結ばないようにすることです。
私たちは、往々にして、後者を選んでしまう。
なぜなら、相手が自分を信頼してくれないのではないかという恐怖に対する勇気がないからです。
しかし、それでは人生を危険に晒してし、人生を無にしてしまう。
これでは、結局、自分を守ったことにはならないのです。
私たちの取る道は、一つ

す。

心を開いて相手と信頼関係を自分から結ぶに行くことです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

人生は自分のもの 25.May.2018

人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。
とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心にすることでしょう。
人生は、固定した状況を私たちに与えないものです。
雨の日もあれば、晴れの日もあり、雪の日もあれば、暖かな日もある。
苦しい時もあれば、楽な時もあり、虐げられてしまう時もあれば、場の主役になる時もある。
コロコロ変わる状況の中で、私たちは、私たちが持っている自分の力を一生懸命出そうと頑張るだけです。
頑張った後は、その結果がどうなろうと、その結果を受け入れて、次の状況へ臨めばよいのです。
人生は、自分のものです。
その人生を精一杯生きていくだけです。
力の出し惜しみをしても、その力を天国に持っていけるわけではない。
自分の力を全部出し尽くして、天国へ向かうことです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産