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可能性の宝庫 28.Feb.2018

人間はすべて暗い森でしょう。
人間は、得体のしれない動物です。
予定調和的に生きていくことができない。
人間には、自分の意志や感情があるからです。
それは、裏を返すと、誰もが自分自身の実力を本当の意味で、理解できないということです。
どんな力が自分の中に眠っているか、誰も実際は良くわからない。
だから、人間を暗い森じゃなかろうか。
そう、暗い森とは、人間の可能性があまりにも大きすぎて、理解不可能だということです。
森はいたるところに、色々な生が根付き、そして、その一つ一つが有機的に結びついて、森という全体の生を形成しているのだが、人間も同じように色々な無自覚な可能性が有機的に結びついて、人間全体を形成しているのです。
私たちは、いくつになっても可能性の宝庫です。
その可能性を発見できるかどうかは、それこそ自分の意志や感情にかかっているのです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

理想を構築する 27.Feb.2018

センチメンタリズムといふことは、こうありたい、ああありたいと思う事を誇張して、理想的から空想的になつて行つた形を言います。
理想を掲げて生きていくことは、素晴らしいことです。
しかし、それが空想になってしまったら、それは、退行を意味する。
できもしないことを掲げて、今を一生懸命生きることを忘れてしまうからです。
だから私たちは、現実の向かう先に理想を置いて、常に意識しながら歩いていくことです。そうしないと、気分の高揚だけを目的に、理想を語り出すことになりかねない。
そうなれば、その理想は空想になってしまう。
空想は現実に何らコミットメントしないものです。
私たちは、現実を変えるために、理想を構築していこう。
現実の先には、いつも理想があるように、生きていこう。
いつかは、理想になるように、歩いていくことです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

他人を励ます 26.Feb.2018

自分を励ますいちばん良い方法は、誰か他の人を励ますことです。
元気のない時に、元気のない人を励ますことは非常に辛い。
でも、目の前に元気のない人がいたら、どうしたって、一声「元気出しなよ!」と言ってしまうだろう。
それは、実は自分にも言っているのだ。
「元気出しなよ!」と他人を励ませば、そのエネルギーは、自分にも降り注ぐ。
「他人に言えたのだ。そんな自分が元気を出さなきゃ!」と。
私たち人間は、他人との関係の中でエネルギーを交換しているものです。
元気がない時こそ、エネルギーを交換しよう。
それも自分から。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

命に躍動を 25.Feb.2018

「学ぼう」「向上しょう」という人の周りに、「良き友」は集う。
その「良き友」の中で人間は磨かれる。
高みを目指す真実の友情は、その努力の実りを、何倍にもしてくれる。☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

生きる覚悟 24.Feb.2018

雨が降ったら傘をさしなさい。
雨が降ったら、雨いやだなと思わないこと。
雨の日だからやめようと思わないこと。
何できょうに限って、雨が降るのかなと、否定するのではなく、雨が降ったら素直に傘をさして、雨の日でなければ経験できない、経験をしてみること。
それが経験の深さです。
天に向かってぶつぶついうな。
雨の日には、雨の日の生き方がある。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

自分になるため 23.Feb.2018

人は女に生まれるのではない、女になるのです。
これは、もう数十年以上も前に大学の授業で聞いたことです。
この言葉に打たれて、流石だ! と感心したことを覚えている。
それでは、私は何に打たれたか。それは、人間が人間になるということにです。
人間が人間として生まれるのではなく、人間になるということは、人間になるように努力をしていかなければならないということです。
この発想に大変影響を受け、今に至っている。
簡単に言えば、私は私として生まれてきたのではない、私になるのだということです。
私になるために人生を生きているということです。
私たちは、自分になるために努力をしているだろうか。
なりたい自分になるために生きているだろうか。
私は私になるために今ここで生きているのです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

二律背反 22.Feb.2018

理想のために殺さなければならなくなったら、理想は死ぬ。
この事は、こう言い換えても同じです。
「平和のために殺さなければならなくなったら、平和は死ぬ」と。
私たちの人生は、二律背反の連続です。
これをやったらあれが出来なくなり、これもあれもしたいが、その二つは、同時に出来ないし、してしまうと上手くいかなくなる。
そういう二つのことに挟まれて生きている。
理想を追求するが、現実にぶつかって、理想とは違う方法で、理想を実現しなければならなくなる時がある。
そんな時に、どうしたらよいのか。
少なくとも理想と矛盾する方法だけは、拒否して前に進めるようにするしかない。
これは、平和の追求でも同じことです。
平和を実現したければ、平和的な手段以外にはないのです。
そう決めて、平和の追求をするしかない。
戦争状態を招くような事態にならないように、文化的交流、経済的交流、資源的交流をするしかないのです。
覚えておこう、二律背反状態になったら、妥協する地点は、当初求めていた物の側に必ず設定しなければならないということを。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産

器の大きさ 21.Feb.2018

人間は偉大になればなるほど、怒りのさなかにあっても、それだけ和解を忘れない。
そして高貴な心ばえは、おのずから穏便を求めるものです。
人間が怒る時は、どんな時だろう。
それは、自分の思いや意見や考えが、目の前の人間に理解してもらえない場合、それも理を尽くして相手に説いて、それでも理解してもらえない場合に、人間は怒りを感じるのではないだろうか。
それは実は、相手が自分の存在を無視しているということだからです。
裏切られるのも、実は自分の存在を相手が無視するから裏切ってしまうのです。
つまり、怒りとは自分の存在に対する承認のなさに感じる負の感情なのです。
そんな怒りを人間はどう処理するのか。
一つは、現実的な仕方で処理をする。
もう一つは、感情的な仕方で処理をする。
前者は、相手との和解において処理をするし、後者は相手の存在を無視するという形で処理をするのです。
つまり、本質的に仲直りをするか表面的に仲直りをするということなのです。
人間の器が大きくなればなるほど、人間は、本質的なことを求める。
それが、和解ということです。
人間関係の中で色々な感情が生まれるが、器の大きい人間は、必ず相手との共存を考えるものです。
それが器の大きさなのです。
自分しか入らない器か、相手も入れる器か、なのです。
和解とは、相手と自分の共通項の確認です。
それが出来てこそ、皆で大きなことができるのです。 ☆ (T.Koga)長崎市の三山不動産